小市民リュー氏の優雅な生活

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zoom RSS 風立ちぬ 宮崎駿 感想

<<   作成日時 : 2013/08/10 17:09   >>

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はい、こんにちは。
久々に宮崎アニメの話ですというか、このブログになってからは、宮崎アニメについて書くのは初めてだと思います。前回の「崖の上のポニョ」から5年。この作品はおそらく監督作品としては、最後の作品になると思われます。そんなわけで、さっそく観に行ってきました。
僕と妻は最初に一緒に見に行った映画が「魔女の宅急便」だった。あれはもう20年以上前。新宿の東口の富士銀行の前で待ち合わせしていったのですね。その頃僕の妻は「魔女の宅急便」の原作者・角野栄子先生のもとで、児童文学の勉強をしていた。
「風立ちぬ」というと多くの人が連想するのは、堀辰雄の小説か、松田聖子の歌か、百恵・友和の映画ということになりますが、ここでは、ゼロ戦を開発した堀越二郎さんという飛行機エンジニアの半生記となっています。
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伝記と言っても、ほとんどのエピソードは宮崎駿のオリジナルです。実際の堀越二郎の人生はかなり違っています。それは所沢の航空公園に行けばわかります。ここには、航空発祥記念館というものがありまして、ここで堀越二郎の生涯を紹介ししています。
http://tam-web.jsf.or.jp/spevent/horikoshi.html
ここには飛行可能なゼロが展示されています。靖国や上野行けばゼロ戦は見れますが、車検とおった飛行できるゼロ戦はこれだけですよ。

で、この映画は宮崎駿が「モデルグラフィックス」という模型雑誌に連載していた漫画を映画化したものです。
宮崎は反戦主義者として知られていますが、同時にミリタリーマニアとしても知られており、それが最も出ている作品が「紅の豚」ですね。それに続いて、本作は宮崎駿がやりたいことをやった作品なのかと思います。非常にロマンチックな作品。
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これは堀越の妹。「にいにいさま」とか呼んでいますね。これって「二番目のお兄さん」という事じゃないのですか?長男で二郎という人はあまりいない(サブローシローは例外)。「兄の辞書を借ります」とかいうセリフがありました。いずれにせよ、加代は実在の堀越の妹ではないでしょう。実在の堀越家には8歳上の長男・博がいた。この人も東大出ています。 昔は大学少なかったからね。三菱長崎造船所で働いていた。実在の妹は二歳年下。
あらすじは次の通り

堀越二郎は飛行機に憧れる少年。しかし、視力が両眼0.1でした。パイロットをあきらめるが、カプローニ(野村萬斎)という飛行機のの天才設計者に夢の中で出会うことで自分も飛行機を設計したいと決心する。
そして、堀越(庵野秀明)は東京帝国大学に進学して、航空工学を学ぶ。ここで出会うのが本庄(西島秀俊)。二人は良き友人として航空機の設計を勉強する。1923年群馬に帰省し、東京に戻る途中の汽車で、風で飛んだ二郎の帽子をキャッチした里見菜穂子と親しくなる。ところが汽車が東京に入った時に大地震が起こる。菜穂子の女中が地震で骨折する。それを命の次に大切な計算尺で添え木をして介抱する二郎。上野の里見の家に向かい、使用人を連れてきて名前を語らずに去った二郎。しかし、のちに菜穂子は大学に二郎の計算尺を届けに来る。
震災からの復興もままならないまま、1927年に金融恐慌が起こり、貧困な社会であったそんな日本の中、堀越二郎は設計者として才能を発揮していく。二郎は戦闘機を作る三菱重工へ就職する
二郎のライバルでもある本庄もそこにいた。二郎の上司・黒川(西村雅彦)と、二郎たちの良き理解者・服部(國村隼)は二郎と本庄をドイツに留学させる。その合間に二郎の妹で活発な女性・堀越加代(志田未来)は医者になったが、髪型が小さいころと変わっていなかった。
二郎は西回りで帰国し、草軽ホテルで二郎とドイツ人カストルプに偶然知り合い、戦争や日本についてなどいろいろ語り合う。外国人と親しくする二郎を特高警察は調べていた。果たして二郎の運命は?

実は僕は、うちの父が航空自衛官で基地の近くで育ったので、中1ぐらいまでは戦闘機マニアで、下敷きの中にイーグルやトムキャットの写真を入れていたのでした。そういう写真は戦闘機の雑誌を切り抜いてはさんでいました。ミリタリー雑誌は、昔から正統なオタク文化として頑張っていた。今もかなり市場は大きいと思います。鉄道ファンみたいなものですね。

ところが、ロックやレゲエを深く聴くにつれて、反戦思想と言うのが強くなっていく、それと同時に父に対する反抗心もあって、戦闘機とかを毛嫌いするようになりました。でもいずれにせよ、僕は自衛隊の父の給料でロックを聴いていたわけで、そこらへんは、精神の葛藤というものがあった。

僕が堀越二郎と言う人間が、何の迷いもなく戦闘機開発に情熱を傾けているのに感心しました。この人は純粋な人なんですね。ただ飛行機が作りたいだけなのだ。その時代は飛行機はみな軍が開発していた。
戦後はYS11を開発していますね。それはプロジェクトXで描かれている通りです。日本のサラリーマンの鑑のような人でした。僕もこのような情熱をもって物創りをしたいものだと思いました。

堀越の話と、もう一つ、堀辰雄の要素がもりこまれています。ビジュアルは堀辰雄風です。
タイトルの「風立ちぬ」は堀のもっとも有名な作品です。細かいディテールは知られていないが、大体の話はみんな知っています。妻が結核になって亡くなる話です。村上春樹の姪が、この小説を読んで「健康には気をつけないといけないと思いました」と感想を述べていましたが、当時は結核は死の病でした。最近ではハリセンボンの痩せた人のイメージが強い。戦後ストレプトマイシンが発見されて、結核は治る病気になっています。でもやはり危険な病気です。
菜穂子というヒロインの名前は別の小説「菜穂子」からとられています。堀辰雄「風立ちぬ」の主人公の奥さんの名前は節子です。でも節子というと、「火垂るの墓」のイメージが強い。加代は節子に似ていますね。堀作品で「風立ちぬ」の節子も「菜穂子」の菜穂子も結核にかかりサナトリウムに入所しますが、菜穂子の方がパッションの女性ですね。サナトリウムから脱走して東京に帰ってくる。そんなところで、里見菜穂子となつけられたのかもしれません。この人は、僕の妻に言わせれば「男に都合のいい女」だそうです。宮崎駿が描くヒロインはもっと魅力的な女ではないのか?菜穂子はこれ見よがしに絵を描いているけど、どういう絵かよくわかりませんね。
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この映画は風景がすごくきれいに描かれているから、それをわざわざ二度スケッチする必要はないような。

でも、途中で二郎が口ずさむフランス語の詩は、「風立ちぬ」に出てくるバレリーの詩の引用です。
Le vent se lève, il faut tenter de vivre
「風が起きる、生きなければならない」
映画のポスターに載っている、「生きねば」はここに由来しています。「風立ちぬ」は、風が立たないという意味ではありません。肯定です。堀辰雄は五七調で「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳しています。節子は「あなたに出会って、生きたくなったのね」と言っています。僕の妻もそうでした。恋ってそういうものですね。
汽車の中で、二郎はヴァレリーの詩集を読んでいて、風が起こり帽子が飛ぶ。それを菜穂子が捕獲する。菜穂子は、二郎の本を見て、ヴァレリーの詩のフレーズを口ずさむと、二郎はその下の句を返す。この連歌のようなやりとりは、運命的な感じ。菜穂子は文学少女だったのでしょうね。二郎も、わりとインテリです。

これほど、運命的な出会いをしても、しばらく二人は音沙汰がありません。しかし、10年後軽井沢で、二人は同じホテルに泊まっている。これは三笠ホテルをモデルにしたのかなと思いましたが、僕の妻に言わすと「あれは万平ホテル」だという。堀辰雄は万平に泊まっていたらしいですが、名前が草軽だったから、軽便鉄道の近くの三笠かなと思った。
ホテルで再会というのは、ちょっと「ベニスに死す」のような純文学調ですね。菜穂子は紙飛行機を獲るためにツバメの子安貝を獲るように危険な目にあう。ここで二人の恋は決定的なものとなります。父の許しを得て二人は付き合い始める。しかし、菜穂子は結核に感染していた。
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そのあと菜穂子は喀血する。かなり血の濃度が濃かった。
それで、富士見高原のサナトリウムに行くのですが、このサナトリウムが、患者を極寒のバルコニーで寝袋の中に寝かせ殺菌するという荒療治をやるところでした。いや、昔はとんでもない治療法をやってたのですね、これじゃあ却って結核がひどくなるのではないか?このサナトリウムは友和・百恵や、ダルビッシュ似の石浜朗・久我美子の映画「風立ちぬ」でも撮影につかっています。今は富士見高原医療福祉センターとなっています。
http://www.lcv.ne.jp/~kougen/institution/museum00.html
こんなとこにいたら、死んじゃうということで、菜穂子は名古屋にやってくる。ここで、突然結婚式となります。ここでの結婚式が、仲人が口上を読み上げる名古屋調の結婚式で面白かったです。結婚初夜、布団が二つ敷いてあった。一つは菜穂子が寝ている。その隣の布団に二郎が入ろうとすると、菜穂子が二郎を招き入れる?二郎は「いいの?」 と聞く。野暮な質問するな!これはジブリ初のセックスシーンです。これで、子供が出来て、その方が堀越雅郎さんですということはなく、たぶん妊娠せずに死んでいます。実際の奥さんは須磨子さん。見合いでわりと早く結婚して6人子供を作っています。長男が堀越雅郎さんで、東大法からガラス会社に入った。この方が今回の映画化をきっかけに堀越二郎の資料を発見して、寄付しました。映画の出来には満足しているとのこと。
このあと菜穂子は黒川の奥さん(大竹しのぶ)を「おねえさん」と呼んでいましたね。なんでお姉さんなんだ。加代が菜穂子をお姉さんというならわかるけど。

まあ全体の印象としては、ちょっと長いと思います。カプローニとの場面が長い。カプローニはイタリアのライト兄弟です。声は野村萬斎。カプローニがデザインしたでっかい飛行機は墜落したそうです。

赤子とか小学生とかは、ほとんど見に来ていませんでした。そのあたりが、「崖の上のポニョ」とは違いますね。タバコ吸う場面やキスシーンが多い。菜穂子がサナトリウムからやってきて、寝ている場面で、二郎はその横で喫煙しています。これは菜穂子が「横で吸って」と言うから、吸っているのですが、これは遠慮して吸わないのがマナーではないですか?まあ僕なら吸えませんね。菜穂子が発病してからも、二郎はキスしています。これはロマンチックと言えば、そうなんですが、こういう伝染病にかかると、かならず保健所の人から交友関係を聴かれますね。このころはキスというのは、どれぐらい普及していたのでしょうか?日本でキスが一般化したのは、ドアノーの「市庁舎前のキス」が有名になってからです。戦後マッカーサーは映画にキスシーンを入れるように、映画会社に圧力をかけたのですね。このころはあまり一般的ではなかったはず。宮崎駿の趣味でしょう。でも趣味の映画だから。

長いけど、同時に物足りなさもあります。やはり、その後本格的な戦争に突入し、二郎はゼロ戦を開発するわけで、その過程でゼロ戦は多くの人を傷つけるわけです。そして日本人自身も特攻隊で死んでいく。
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その葛藤がすっぱり抜け落ちていて、最後に菜穂子が夢に出てきておしまいじゃあ、死んだ人も浮かばれない。

こないだの「終戦のエンペラー」とのつながりで、「戦争責任」の話になりますが、実在の堀越は「自分には戦争責任はない」と書いています。ただ、堀越の補佐の曽根嘉年は、ゼロ戦が特攻隊に使われるのを見て「設計しなければよかった」と思ったそうです。曽根は戦後に三菱自動車社長になっています。
宮崎駿は「技術者が歴史全体に責任を持つ必要はない」と言っています。

この映画を観て僕はドイツビールが飲みたくなったので、映画の帰りに妻と銀座ライオンに行って、ソーセージとビールを飲みました。でも宮崎駿はあまり酒はのまないんだろうな。タバコを愛した人だった。この映画はタバコいっぱい吸います。二郎のタバコはチェリーだったかな。でもカブトビール飲んでいる場面はありませんでした。しょぼん

評価3・5
僕の妻は3・2

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
アメリカで大学教員をやっている日米2重国籍のおばさん(年齢は不詳ということにして・・^^;)、先週末アメリカで「風立ちぬ」を観て、最近経験したことのないほど感激しました。それでウェブでいろいろ情報収集しているうちに貴ブログに行き当たりました。とてもフェアな論評ありがとうございます。私は歴史の教授しているのですが、その意味でもとても考えさせられた映画でした。ちなみに私は個人的には菜緒子にたのまれるまま傍らでタバコすって仕事をつづける二郎の気持ち、ものすごくよく理解できたし、私が菜緒子だったら吸って仕事続けてくれるのが一番の愛情表現だと感じたと思いました。実は、アメリカ人の教授仲間と結婚暦22年、娘も一人いる身だけれど、日本人の元カレが今でも忘れられなくて、この映画の二郎がその元カレの面影と人となりそのものだったこともあって泣いてしまったんですねえ(笑)。
さゆりさん
2014/04/08 05:45
さゆりさん、コメントありがとうございます。
なるほど、菜穂子がそう望んだから、二郎はそうしたのですね。当時は喫煙の害については、どのように知られていたのかなと思います。菜穂子は、自分が助からないとわかっているようですし、これは確かにロマンチックな場面ですね。
僕は、若いころは普通にタバコを吸っていました。周りはほとんどの男友達が吸っていましたから。社交的な理由もありますね。しかし、23歳のときにカナダに行ったときにやめました。それ以来1本もタバコは吸っていません。人がタバコを吸っていても吸いたくはならなかったから、真のたばこ好きではなかったのでしょう。
ボギーに憧れタバコを吸い始めたが、ユルブリンナーが死んでやめちゃったわけです。
リュー
2014/04/13 05:36
お返事ありがとうございます。我々(なんて言っちゃって、恐らくりゅーさんのほうがかなりお若いかも^^;)の時代はまだ男性の喫煙は日本では普通でしたよね。わが青春の歌(汗)でもある「赤いスイートピー」を聞くたびに、アイデアに煮詰まるとタバコをすわないではいられなかった元カレ(彼も研究者の卵でした)の姿と当時重ね合わせていました。
まだ女性に開かれた職業選択肢が限られていた時代に生きなければならなかった、でも高学歴で頭脳明晰だった私の母みたいな日本の女性が、自分の愛する男性がその理想とする職業上の目標達成をサポートすることを自分自身の夢の達成を重ねあわせるという構図を間近で見てきた者として、菜緒子(ましてや彼女は自分の死期が近いことも自覚していたはず)の二郎の夢の追求に向けた気持ちは痛いほどわかる気がするんです。決して「男にとって都合のいい女」ではない、彼女なりの能動的な人生上の選択があったと思うのですが。ちなみに、私は職場のアメリカ人のフェミニストの同僚たちに、日頃から「天敵」視されています(笑)
さゆりさん
2014/04/16 04:58
なるほど、「赤いスイートピー」の相手の男というのは確かに堀越二郎と重なりますね。「ちょっぴり、気が弱いけど、素敵な人だから」とか言う部分が。
昔は「タバコのにおいは、男のにおい」とか言われて、それなりに人気がありましたが、今ではそんなことを言う女性は皆無ですね。
僕は「赤いスイートピー」では、「あなたの生き方が好き」という部分が好きで、女性にそう言われてみたいと思っていました。そんな歯の浮くようなセリフは、今まで言われたことがないけど。菜穂子は二郎の生き方が好きだったのでしょう。
この曲が流行った当時はうぶだったので「普通の男女は、知り合って半年で手は握るものなのだ」と学びました。
リュー
2014/04/21 14:48
私もうぶでしたよ。知り合って半年たっても手も握られなくても、それが当たり前だと思ってましたからね(笑)。

そう、菜穂子はきっと二郎の生き方が好きだったんだと思います。最後のシーンで菜穂子が二郎に「生きて」、というのもそこに通じていると思います。二郎の生き方が好きな菜穂子にとって、自分が死んだあとでも二郎が生き続けてくれることが彼女の愛に応えるもっともふさわしいことだったんでしょうね。
さゆりさん
2014/04/29 09:34

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